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PICK UP!

海外バレエレポート(イタリア)21
ミラノ・スカラ座バレエ団『マネン』、『プティ』

今回の公演はコンテンポラリーの小品の夕べ。ハンス・ファン・マネンの作品が3つ、ローラン・プティの作品が2つの計5作品が上演されました。

Sarcasmen – Nicoletta Manni Claudio Coviello –
@ Teatro alla Scala

le Jeune homme et la Mort – Nicoletta Manni Roberto Bolle –
@Teatro alla Scala

後者のローラン・プティ(1924-2011)は日本人の間でも有名だと思いますが、前者のオランダ人振付家ハンス・ファン・マネン(1932-)については、ウィキペディアでも日本語はなく、情報も少ないことから、日本ではあまり知られていない存在のようです。90を超える作品を手がけ、世界中から非常に高く評価されている彼がほとんど認知されていないということからも、“バレエといえばクラシック”という方程式が日本ではまだまだ強固であることは明らかです。一方、ヨーロッパの劇場においての配分はもはや半々といったところ。以前はコンテンポラリーだと空席だらけということもありましたが、徐々にミラノでもコンテンポラリーは確固たる地位を築きつつあります。この夜上演された作品は次の通り(順通り)。

1. Adagio Hammerklavier (マネン/1973)
2. Le combat des anges (天使の闘争)(プティ)
3. Kammerballet (マネン/1995)
4. Sarcasmen (マネン/2017)
5. Le Jeune homme et la Mort(若者と死)(プティ)

分かりやすくするために、上演順ではなく、マネン作品とプティ作品という形で、振付家別に見てみたいと思います。また、コンテンポラリー作品は既存の音楽にインスパイアされて作品が生まれる場合がほとんどのため、音楽と動きは切っても切れない関係にあります。従って今回は「バレエ音楽豆知識」を割愛し、本文の中で両方について触れていきたいと思います。

Adagio Hammerklavier – Nicola Del Freo Maria Celeste Losa
@Teatro alla Scala

Sarcasmen – Nicoletta Manni Claudio Coviello James Vaughan – @Teatro alla Scala

Kammerballett – Francesca Podini Marco Messina
@Teatro alla Scala

まず、マネンの作品は明確な筋がないものがほとんどです(プロットレス・バレエ)。 “私の作品は、たとえストーリーがなくとも、感情豊かな人間同士の関係を語っている”という本人の弁の通り、例えば“Adagio Hammerklavier”では3組のカップルの繊細に揺れるそれぞれの関係が、最小限まで削ぎ落とされた動きで表現されています。マネン作品の中でも特に愛されているこの小品は、さらに音楽だけでも素晴らしい。“Adagio Hammerklavier” 、この題名はクラシック好きには一目瞭然、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」の第3楽章Adagioのこと。つまりこの音楽を使って振り付けられたんだなということがすぐに分かります。ベートーヴェンのこのあまりにも美しい音楽を使えばもう成功したも同然!(個人的にはこういう作品を”音楽勝ち”と呼んでいます(笑))。イリ・キリヤンが“プティ・モール”で使ったモーツァルトのピアノ協奏曲23番の第2楽章Adagioも音楽勝ちのケースですね。幕が空いて音楽が流れ出した瞬間、胸がいっぱいになり、それだけで涙が出そうになります。一方、その意味ではこれとは対照的な“Kammerballett”。ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757/イタリア)、カラ・カラーエフ(1918-1982/アゼルバイジャン)、ジョン・ケージ(1912-1992/アメリカ)という、3人の全く異なる時代、作風の作曲家の音楽が使われています。しかし、すべての音楽はピアノ独奏のための作品であるいうことで、何もかもバラバラな作曲家のコラージュは不思議と違和感のないまとまりを感じさせます。こちらも“Adagio Hammerklavier”同様、出会い、調和、対立、皮肉、瞑想、戦い、不安、孤独などの人間同士の関わりを表現しています。ただ、“Adagio Hammerklavier”は3組のカップル、本作 “Kammerballett”は男女各4人からなるグループ、そして次の作品“Sarcasmen”は一組のカップルのそれがテーマです。“Sarcasmen”に使われている音楽はプロコフィエフのピアノ曲“Sarcasms”。“風刺”という邦題から分かる通り、ウィットに富み、演劇的要素も多分に含んだ、ある意味わかりやすい作品です。舞台上にグランドピアノが置かれ、その周りで1組の男女がコミカルな駆け引きを繰り広げます。プロットレスバレエは難しいと思われがち。でも、何か意味を探そう、振付家の意図を理解しようとして頑張って頭を働かせながら見る、というよりは、体のラインの美しさ、振り付けの独創性、音楽、衣装など、自分を解放して“体験する”という楽しみ方がオススメ。見終わった後「さっぱりわからなかった」などと苦笑してみせる必要は全くないんです。そもそも、振付家は“分かる分からない”を聴衆に求めていないのですから。

le Jeune homme et la Mort – Nicoletta Manni Roberto Bolle – @Teatro alla Scala

マネンは日本ではあまり知られていないようでしたので、少し詳しく解説したので、プティは少し簡単に。特に最後の“Le Jeune homme et la Mort (若者と死)” はコンテンポラリーとは言えども筋(ジャン・コクトーの台本)もあり、音楽は荘厳なJ.Bバッハのオルガン音楽。上演回数も多く、あまりによく知られている作品なので今回は詳細な解説を省略します。若者をロベルト・ボッレが、死をニコレッタ・マンニが踊りました。背の高いボッレが舞台に立つと、急に舞台が小さく見えるので不思議。2人とも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。そして最後にプティの“Le combat des anges(天使の闘争)”について少々。こちらは、プティがフランスの文豪プルーストの大作「失われた時を求めて」をバレエにした同名の作品からの抜粋。この文学は男女ともに登場人物の大半が同性愛者という非常にアヴァンギャルドな作品で、“Le combat des anges (天使の闘争)”も、サン・ルーとモレルという男性同士の珍しいパドドゥです。音楽はフォーレのチェロとピアノによる“エレジー”。バレエの世界にはもともと性の境目があまりありません。セックスや同性愛など、さもするとタブーになりがちなテーマを極限まで美しく描く。それはコンテンポラリーの大きな魅力の1つです。

Le combat des anges – Claudio Coviello Marco Agostino –
@ Teatro alla Scala

最後に、コンテンポラリーのまた別の素晴らしい点として、音楽・文学とのコラボレーションが挙げられます。知らなかった素晴らしい音楽を知ることができたり、まだ読んでいない文学に興味を持てたり。そういった意味ではクラシックよりも知的刺激を多く受けることができます。皆さんもコンテンポラリー作品に近づいて、教養を深めるきっかけにして頂きたいと思います。

記事:川西麻理

 

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