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PICK UP!

海外バレエレポート(イタリア)2
ミラノ・スカラ座バレエ団『椿姫』

ミラノスカラ座のシーズンオープニングの日は、ミラノの町の聖人アンブロージョの祝日である12月7日と決まっています(イタリアは各都市にそれぞれの守護聖人がいるんですよ)。そして今シーズンのバレエのオープニングを飾ったのは、前回にも少し触れた通り、ジョン・ノイマイヤー振り付けの「椿姫」(初演1978年)。現代バレエの大傑作ですね。こちらでは、アレクサンドル・デュマ・フィスによる原作のタイトル「La Dame aux camelias(ラ・ダーム・オ・カメリア)」で呼ばれています。


La Dame aux camélias
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

イタリアでこの題材と言えば、誰もがヴェルディのオペラ「La Traviata(ラ・トラヴィアータ)」をダイレクトに思い浮かべるのですが、実際にはこの2つは内容がかなり違います。デュマの原作により忠実なのはバレエの方です。また、ノイマイヤーはヴェルディの「トラヴィアータ」の音楽を一切使わず、原作が書かれた時代(1848年)にパリの高級サロンを席巻していたショパンの音楽だけを使うことで、当時の空気感を完璧に再現することに成功しました。彼の振り付けももちろんですが、この音楽の選択こそが、この作品を傑作たるものにした最大の鍵であることは間違いありません。


Svetlana Zakharova Roberto Bolle Antonino Sutera e il corpo di ballo
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

さて今回のスカラ座での実際の上演はどのようなものだったのでしょう?

私は今回の「ラ・ダーム」を2回、別のキャストで見ました。まず最初に見たのが、主役のマルグリットをニコレッタ・マンニが踊った回でした。彼女は2014年に23歳でプリマに任命され、現在まだ26歳。私は彼女の白鳥もジゼルも見ましたが……。彼女には乗り越えるべき大きな課題があると言わざるを得ません。テクニックの問題ではなく、演技の問題、いやむしろ彼女自身の問題と言った方がいいのかもしれません。というのも、彼女は何を踊っても、役より彼女自身の我の強いキャラクターが表に出てしまうのです。黒鳥だけはぴったりでしたが、どうしてもあとはしっくりきません。私は彼女のバーやセンターも何度か見たことがあり、その時の振る舞いから受けた印象、聞いた噂話などから、個人的に先入観を持っているのかもしれないと思い、いつも一緒に練習し踊っている群舞のダンサーたち、ピアニスト、またジャーナリストや一般のバレエファンにも聞いてみましたが、全員が全員、彼女に対して同じ意見を持っていたので、私だけの印象ではないことは確かです。舞台とは恐ろしいもので、オペラでもバレエでも、どんなに上手く演じても、その人の性格、おいてはその人の生き様がどうしても滲み出てしまうものです。
彼女はまだ若いので、今後どのように変わっていくかは彼女自身にかかっています。せっかく確かなテクニックを持ち、若くしてプリマになるチャンスを得たのですから、是非どこかで気付き、何かが変わってくれることを期待したいと思います。


La Dame aux camelias – prove in sala Nicoletta Manni Timofej Andrijashenko
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

というわけで、この大好きな傑作がスカラにかかっているのにこのままでは終われない!と、公演最終日、スヴェトラーナ・ザハーロワとロベルト・ボッレというゴールデンカップルの日にもう一度劇場に足を運びました。

……何という違いでしょう! これが同じ劇場で同じバレエ団で同じ公演だとは絶対に信じられない! ザハーロワの手の小さな動き1つからでも、マルグリットの心の動きが手に取るように分かるのです。マルグリットのためらい、葛藤、喜び、悲しみ……素晴らしい表現力という言葉では全く足らない。彼女から一瞬でも目を離すことができませんでした。ザハーロワは一般的に表現力よりも、テクニックに注目されることが多いダンサーです。ミラノでは2007年、大プリマのアレッサンドラ・フェリが引退公演で踊ったマルグリットを覚えているファンが多く、その演技があまりに素晴らしかったために、ザハーロワは「表現が冷たい」と言う声を今回も多く耳にしました。でも私はそうは思いませんでした。確かにフェリの演技力は例外的に素晴らしい。でもフェリはフェリ、ザハーロワはザハーロワです。それぞれのスタイルがあります。ザハーロワのマルグリットは、静かで抑えた表現の中にも秘められた熱い心を私は痛いほど感じました。もしかするとこのようなスタイルは、もともと熱く分かりやすいものを好むラテン系のイタリア人より、私たち日本人のほうが理解しやすいのかもしれません。


La Dame aux camélias- Svetlana Zakharova Roberto Bolle
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

そしてボッレ。彼ほど上半身を高く保てているダンサーは見たことがありません。彼の体はそれ自体が芸術作品のよう。彼はイタリアでの絶大な知名度で、クラシックバレエを知らない多くの人も、ボッレのことは知っています。それは彼がテレビにも頻繁に出演し、他のジャンルのアーティストたちとのコラボなども全く厭わないからですが、そちらの方が忙しくても、自分の本業で絶対に手は抜かない。クラシックバレエの世界に戻ってきても常に完璧な演技を見せる彼。バレエという芸術を広く知らしめるために一番貢献しているダンサーでありながら、クラシックバレエの世界でもトップのテクニックや表現力を死守する。最高の旗振り役ではないでしょうか。彼の舞台からも、テクニックや天から授った体はともかく、謙虚な人柄、地に足の着いた努力の人という、ここでもやはり彼の人としての生き様が明確に伝わります。


La Dame aux camélias- Svetlana Zakharova Roberto Bolle
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

「ラ・ダーム」はクラシック物とは違い、主役2人のダンサーの表現力が上演の不出来の全てを決めるタイプの演目。そのことを2回別のキャストで見て、嫌というほど実感しました。大好きなこの演目を、バレエ史に確実に名前が残るであろう素晴らしいダンサーで見ることができた喜びを、大いに感じた一夜でありました。


la Dame aux camelias – Svetlana Zakharova e Roberto Bolle in prova
(ph) Brescia e Amisano Teatro alla Scala

記事:川西麻理

 

★ ☆ ★ 川西麻理「バレエ音楽 豆知識」 ★ ☆ ★
「ラ・ダーム」の音楽は前述の通りオールショパン。ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲(ピアノ+オーケストラ)が使われています。まさにこのバレエのために作曲されたかのような、ノイマイヤーのコラージュの手腕は圧巻です。それはさておき、今回は舞台にかけられる時の演奏する側にスポットを当ててみたいと思います。
ピアノ音楽に特化した作曲家ショパンで全ての音楽を賄うということは、最初から最後までずっと弾き続けなければならないピアニストがいるということです(舞台上にいるピアニストが弾く2幕前半を除く)。そう、この役目を担うピアニストはものすごく大変!オールショパンのリサイタルを何公演も立て続けに行うようなものです! しかも、オケの出番がない幕では、ピアノの隣にあるモニターで舞台上の動きをチェックしつつ弾かなければなりません。
この大役を今回務めたのが、ブゾーニ国際ピアノコンクールで1位をとったこともあるナポリ人のピアニスト、ロベルト・コミナーティ。このバレエを見る際に、拍手を送って欲しい人は、指揮者でもオケでもなく、こんなタフな仕事をこなすピアノのソリストです。ぜひダンサーと共に大きな声でブラーヴォと言ってあげてくださいね!

 

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