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PICK UP!

海外バレエレポート(イタリア)5
ミラノ・スカラ座バレエ団
『Mahler 10』、イリ・キリアン『Petite Mort』、モーリス・ベジャール『Boléro』

今回のスカラ座公演は、3つの短めのコンテンポラリー作品から成るプログラム。スカラ座からカナダ人の若き女性振付家アジュール・バートンに委託された新作「Mahler 10」、イリ・キリアンの「Petite Mort」、モーリス・ベジャールの「Boléro」の3作が上演されました。

まず始めに、この3作品を通して見て、改めて強く思ったことは、コンテンポラリー作品とクラシック作品には、完全に異なる資質が必要だということです。普段、クラシックでコールドを踊っていて目立つことのないダンサーが、コンテンポラリーで主要な役に選ばれ非常に光る一方、クラシックではプリマとして素晴らしい活躍をするダンサーがコンテンポラリーでは全く精彩に欠く。これは想像以上のギャップでした。

まず、1番最初にイリ・キリアンの「Petite Mort」について。この作品は本当に珠玉の小品としか言いようがありません。まず、最初の1フレーズだけで涙が出そうなほど崇高なモーツァルトの音楽。そして、キリアンの振付、舞台、衣装……。何もかもが美しすぎて形容する言葉が見つかりません。タイトルのフランス語の直訳は「小さな死」ですが、同時に、男女の交わりにおけるエクスタシーを意味する言葉でもあります。この瞬間をここまで美的に表現したものが他にあるでしょうか。こんなに尊く、神聖で、感動的、そしてこの上ない悦びでもありながら、同時になぜか一抹の悲しみをも感じさせる、ほんのわずかな瞬間。愛の行為の全てを深く掘り下げ表現した、唯一無二の傑作だと思います。今回、スカラ座のダンサーたちも、この作品を慈しみ、心を込めて踊ってくれました。非常に濃密な時間を持つことができ、とても幸せでした。

Petite Mort-Teatro alla Scala

 

Petite Mort
(ph)Teatro alla Scala

 

次に「Boléro」について。前回の最後にお伝えした通り、私が足を運んだのは、イタリアではバレエを全く見たことのない人でも誰もが知っている超有名ダンサー、ロベルト・ボッレが踊った最終日。劇場は桟敷に立ち見がでるほどの超満員、そのうちの大半がボッレを一目見るためだけに来た、いわゆる「ボッレ親衛隊」。ただ、この日までの彼の「Boléro」の舞台が、バレエ関係者からかなり叩かれていることも知っていた上、私自身も、官能的・野性的な部分が多分に要求されるこの作品に、生まれながらの王子様のボッレは完全にミスキャストでは? と、今回の配役に非常に懐疑的でした。そのような中で始まったあの有名なフレーズ。暗闇の中で彼の右手だけにパッとライトが当たったその瞬間、即座に感じました……「ああ、これは違う!」。やはり危惧した通りの結果。真面目で努力家のボッレは、彼の全魂を投入して踊ったに違いありません。しかし残念ながら、私の心が揺さぶられることは一瞬たりともありませんでした。彼はおそらく、演じる役柄があると素晴らしいパフォーマンスができる一方、本作品のような、何も演じるべき役がない、ストーリーもない、と言った時に輝けるタイプのダンサーではないのだと思います。ただ、そのことがダンサーとしてネガティブなわけではもちろんありません。個々に不得手はあって当然であり、長所を生かしていけばいいのです。ただ、このベジャールの大傑作「Boléro」を生で見られるという、人生にそう何回もあるわけではない幸運が、このような形で終わってしまったのは本当に残念の一言でした。

Bolero – Roberto Bolle
(ph)Brescia e Amisano c Teatro alla Scala

 

さて最後に新作「Mahler 10」について。これは振付家アジュール・バートンが、その名の通り、マーラーの交響曲第10番のアダージョを使って、バレエ団の中からダンサーを選び、彼らと対話をしながら作り上げていった作品。これといった目新しさこそ見当たりませんでしたが、清々しい水の流れや空気感といったものを連想させる、爽やかな印象の舞台でした。実際、公演の後で読んだインタビューの中で、振付家自身が「私がこの作品に抱く感覚は“流動性”や“終わりのない空間”」と語っていたので、彼女の意図するところは観客に正確に伝わったと言えるでしょう。しかし、今回特筆したいのは、先にも述べましたが、この作品に選ばれたメンバーの中に、コンテンポラリーで特別な表現力を発揮し輝くコールドのダンサーが複数いたことです。中でも主要な4人の1人に選ばれたダンサーは個人的な知人だったのですが、コンテンポラリーにおいてこのような卓越した才能があったとは全く知らず、とても驚き、また深く感動しました。

Mahler 10 -Teatro alla Scala

 

Mahler 10-Aszure Barton in prova con Antonino Sutera e Virna Toppi

 

今回の公演では、ダンサーにはそれぞれ向き不向きの作品のタイプがあることを深く思い知らされたと共に、劇場付きバレエ団のピラミッド型社会の中で、コールドという普段は特別な役を与えられないダンサーの中にも、未開拓の大きな才能を秘めたダンサーがたくさんいることが分かり、また新たな今後の楽しみになりました。今後、コンテンポラリーはどんどん進化の一途を遂げる分野。ますます目が離せません!
記事:川西麻理

 

★ ☆ ★ 川西麻理の「バレエ音楽 豆知識」 ★ ☆ ★

今回の3作品のうち、バレエのために作曲された、いわゆる“バレエ音楽”は、ラヴェルの「ボレロ」だけ。バレエだけを何気なく見ていると気が付かないかもしれませんが、ソリストは「メロディ」を歌い、周りの男性群舞は「リズム」を刻んでいます。最初は「メロディ」が一人で朗々と旋律を奏でますが、途中から「リズム」たちがソリストのテーブルを徐々に囲み始め、最後には「メロディ」は「リズム」に呑み込まれ、閃光を放って燃え尽きるようにして終わりを迎えます。このように、楽曲と振付は相互に密接な関係がある、と言うよりむしろ、音楽⇔振付と言っても過言ではありません。オーケストラ単独でも良く演奏されるこの作品ですが、やはりバレエとして見ると、振付がある程度、楽曲分析的な説明をしてくれるので、音楽の全体像がより分かりやすくなります。ベジャールの「Boléro」のソリストとして伝説的なダンサーと言えば、誰を差し置いてもジョルジュ・ドン。神がかった彼の名演はYoutubeで見られますので是非!

 

 

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