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PICK UP!

海外バレエレポート(イタリア)6
ミラノ・スカラ座バレエ団
『海賊』

5月18日に足を運んだスカラ座のバレエ公演は「海賊」

これはまさに“Balletomani(バッレットーマニと読み、イタリア語でバレエマニアを指す)”のためにあるような演目で、一応筋はあるもののそれ自体にそれほど意味はなく、音楽も複数の作曲家の音楽の寄せ集め。つまり実質は、テクニックの見せどころのオンパレードにしかすぎません。オペラで言えば、レチタティーヴォはあるものの、基本的にはアリアと重唱の連続でしかないヘンデルのオペラと全く同じタイプと言えます。前者は踊り手にとって、後者は歌い手にとって、自らの技術をこれでもかと披露することができる作品ですが、しかし逆に聴衆にとっては、前者は純粋な舞踏ファン、後者は純粋な声楽音楽ファンにはたまらない反面、舞台全体として劇的で面白いものを求める“テアトロファン”にとっては、これほどつまらないものはないという種類の作品でもあります。

Balletomani
(ph)Teatro alla Scala

「海賊」には多くのバージョンがありますが、今回はロシア古典バレエのリヴィジョンで名高いカナダ出身のアンナ=マリー・ホームズが、スカラ座のために、マリウス・プティパ版とコンスタンチン・セルゲーエフ版を基に改訂したもの。彼女は呼ばれたバレエ団の先々で、コールドの人数やテクニックの水準、ソリストたちの得意技によって、毎回振付を修正するとのこと。今回のスカラ座の公演では、技術力の高いソリストたち、十分な数の群舞、さらに精鋭な付属学校の生徒がスタンバイしており、本人はインタビューで今回の上演についてこう述べています。

原点であるロシア様式と比べ、女性のヴァリエーションはより一層フェミニンで繊細に、男性のヴァリエーションは技術の難易度を更に高くしました。なぜなら「海賊」は輝かしくスペクタクルであってこその作品なのだから!

centro-Martina Arduino
(ph)Teatro alla Scala

さて実際の公演の感想は「現在のスカラのレベルには脱帽」の一言に尽きます。15年前、最初に見た時のレベルとは雲泥の差。プリンシパルであろうと、ソリストであろうと、コールドであろうと、本当に誰が何を踊っても全く非の打ち所がない。一体どうやってここまで見違えるクオリティーになったのか……。昔からの伝統“イタリア人はオペラ好きでバレエ嫌い”はもはや過去のものになったと断言してもよいでしょう。フランス、イギリス、ロシア、アメリカといった各国のバレエにはそれぞれのスタイルはこう、という一定の特徴がありますが、ではイタリアのそれは何かと考えた時、すぐに浮かんだ言葉が「pulito(直訳は『清潔な』)」という形容詞。余計なものが何一つついていない。踊りが描くシンプルで洗練されたラインの美しさ。また表現においても、非常に豊かでありながら過度になることはない。私はこのような今のスカラの、無駄なものを全て削ぎ落とすスタイルがとても好きです。

Martina Arduino
(ph)Teatro alla Scala

 

Mattia Semperboni
(ph)Teatro alla Scala

今回は全てのキャスト誰もが全て素晴らしかったのですが、ただ私が個人的に心に残ったダンサーは、この上なく優雅なメドーラを踊ったプリンシパルのマルティーナ・アルドゥイーノと、今はまだコールドではありますが、劇場中の喝采を独り占めにしたアリ役の若きホープ、マッティーア・センペルボーニの2人。スカラ座を擁するミラノという町は、海外に行けばソリスト以上で活躍できるであろうレベルの若者たちが付属学校から毎年十数人が卒業し、スカラの現役ダンサーが定年で去り空席が出るのを待ち、その数少ない定職ポストを目指して列を成して待っている状態なのです。恐らく今のこの状況だと、コールドの中にセンベルボーニのように、大きな役に抜擢されても慌てず対応できる若手ダンサーがかなりいるのでは? と思わずにはいられません。いずれにせよ、ここ数年の付属学校出のダンサーのレベルは目を見張るものがあります。その他の主なキャストの名前も挙げておきましょう。ギュリナーラ:ヴィルナ・トッピ、コンラッド:マルコ・アゴスティーノ、ランケデム:二コラ・デル・フレオ、ビルバント:フェデリーコ・フレージ、ズルメーア:エマヌエーラ・モンタナーリ。

Virna Toppi
(ph)Teatro alla Scala

最後に、ルイーザ・スピナテッリによる演出・衣装の美しさ、そして熱心な研究に基づいた様式感の完璧さにも言及しておきたいと思います。

Martina Arduino – Marco Agostino
(ph)Teatro alla Scala

「オペラの殿堂」としてあまりにも名高いスカラ座のバレエ団が、今まで日本で注目されてこなかったのは当然。また日本人ダンサーが1人も所属していないこともその理由の1つにあるかもしれません。しかし今のこのバレエ団は間違いなく世界のトップレベルです。ミラノに住む者の幸運として、このバレエ団の目覚ましい進化をこの目に焼き付けて行きたいと思います。

記事:川西麻理

 

★ ☆ ★ 川西麻理の「バレエ音楽 豆知識」 ★ ☆ ★

「海賊」のオリジナルの音楽は「ジゼル」と同様、アドルフ・アダンが作曲したもの。その後、マリウス・プティパ振付で再演が重ねられると共に、様々な別の作曲家の音楽が次々に挿入され、今回の上演では、作曲家として、アドルフ・アダン、チェーザレ・プーニ、レオ・ドリーブ、リッカルド・ドリーゴ、ペーター・フォン・オルデンブルクと、総勢5名の名前が列挙されています。このことからも分かる通り、この作品の音楽は、それぞれ1つ1つの楽曲が各見せ場にぴったりと合ったもので、“踊らせる”という機能を十分に果たしていることは間違いありませんが、バレエ全体の音楽的な一貫性は全くゼロ。クラシック音楽ファンが、バレエ「海賊」全曲のアルバムを買って音楽だけを聴く、ということは絶対にあり得ません! つまりこの演目は、「見る」ものではあって「聞く」ものではないのです。というわけで「海賊」はぜひ、劇場へ足を運んで、実際に御覧になって楽しんで下さいね!

 

 

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