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PICK UP!

海外バレエレポート(イタリア)10
ミラノ・スカラ座「マノン」

10月27日、今シーズン最後の演目の「マノン」に足を運びました。「マノン」は「ロメオとジュリエット」と共に、スコットランド人振付家ケネス・マクミランが手掛けた傑作。1974年3月7日にロイヤルオペラハウスで初演されたました。マクミランの師は「オネーギン」の振付家ジョン・クランコ。「椿姫」を代表作に持つノイマイアーもクランコの下から巣立った1人です。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

これらの作品に共通する一番の特徴は強力なドラマ性。真の演技力が問われます。ただ彼らの複雑なパは実は難易度が高く、その技術的な難しさを全く感じさせない、第1級のクラシックのテクニックも要求されます。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

 

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

バレエの批評家の中には、「ドラマティックバレエはもう古い」と否定的な意見を述べる人もいますが、世界のどの劇場でもこれらの作品が上演される時は、宣伝を全くせずとも漏れなくSOLD OUT、また、多くのバレリーナが一番踊りたい役として、これらのタイトルロールを挙げることを考えても、一般的な評価は明らかでしょう(アレッサンドラ・フェリは「椿姫」を、オーレリー・デュポンは「マノン」を現役最後の役に選びました)。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

今回立ち会った公演で、主役マノンを踊ったのは、階級こそプリマ・バレリーナではありませんが、ソリストの中でもよく主役に抜擢される、エマヌエーラ・モンタナーリ。彼女は1994年にスカラ座に入ったとありますので、おそらく40歳は超えているでしょう。しかし、舞台を見る限りまだ20代にすら見えました。デ・グリューはおなじみのクラウディオ・コヴィエッロ。今回の公演では、私がこの作品から期待した、心を激しく揺さぶられ、全身に鳥肌が立ち、涙が流れる、そんな強烈な感覚は残念ながら得られませんでした。でも、劇場でこのような感覚が得られる公演に立ち会えることは、どれほど完璧に演じらたとしても、100回に数回、人生でもそう多くある幸運ではありません。キャスト同士のフィーリング、コンディションを始め、見る側の好みや知識の量、様々なものが関係してきます。この夜の「マノン」は私にとって一生の心の宝物になる公演ではなかったけれど、彼らが全てにおいてパーフェクトに踊ったことは間違いありません。そして、「沼地のパ・ド・ドゥ」では、さすがに心が押しつぶされそうになりました。主役の2人に大きな拍手を送りたいと思います。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

 

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

また、今公演のリブレット(分厚い本のようなパンフレット)に掲載されていた、マクミランの妻デボラ・マクミランへのインタビューが非常に興味深いものだったので、その内容について少しご紹介しましょう。まず私が驚いたのは、マクミランがこの作品で一番表現したかったこと、それは、ただのマノンとデ・グリューの愛の物語ではなく、「啓蒙主義時代のフランスにおける“富と貧困の極端な落差”」だったということ。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

 

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

この時代の女性の人生の行方は常に、一緒にいる男性によって決定付けられました。特に、啓蒙思想に染まった当時のフランスでは、果てしない絢爛豪華な生活と、人権など存在すらしない極貧生活が、男性選びによって紙一重だったのです。マノンの心をよぎり続ける“愛のない富”と“愛のある非人道的な貧困生活”の間での迷いは、くるくる変わる素早いパによって、きめ細やかに表現されています。マクミランはこう述べています。「マノンは貧困自体が怖かったのではなく、人間に値するリスペクトすら得られない生活を送らなければいけないという恥が怖かったのだ!」と。この時代に社会の底辺に属した女性が受けたその恥は、アメリカ送りになってからの場面で、如実に描かれていますね。

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

 

@Marco Brescia e Rudy Amisano? – Teatro alla Scala

私はこの彼のコメントを読んでから「マノン」への見方が変わりました。皆さんはいかがでしょうか?

記事:川西麻理

 

川西麻理の「バレエ音楽豆知識」

このバレエにこの音楽あり。「マノン」はその振付もさることながら、音楽もこの作品の成功に大きく貢献しています。まず初めに、マクミランが「マノン」を制作した当時、同じ小説を題材としたオペラが既に2つ存在していました。イタリア人ジャコモ・プッチーニ作曲の「マノン・レスコー」と、フランス人ジュール・マスネ作曲の「マノン」です。マクミランはもともと、まだイギリスではほとんど名前を知られていなかったマスネの音楽を良く聞いており、自分のバレエ作品「マノン」には彼の音楽しかない!と即座に感じたそうです。ただ、ここですごいのは、マスネのオペラ「マノン」の音楽を一切使用せず、マスネのオペラ以外の様々な音楽をコラージュにしたこと。これは、彼の師、ジョン・クランコの「オネーギン」の場合と全く同じです。またショパンの作品のコラージュを使ったノイマイアーの「椿姫」もある意味そうですね。既存の音楽では、バレエの振付の構想は音楽を追随せざるを得ません。まさに「ロメオとジュリエット」はマクミランが既存の音楽を使った例であり、この視点から「マノン」との違いを見ることはとても興味深いと思います。「オネーギン」、「椿姫」と同様、一つ一つのパ(そして心の動き)に完璧に沿ったコラージュの手法には感嘆せざるを得ません!

 

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