海外のバレエレポート(イタリア)14
シルヴィ・ギエムに見出され愛されたスカラ座元プリンシパルカップル
シルヴィ・ギエムに見出され愛されたスカラ座元プリンシパルカップル-サブリナ・ブラッツォ×アンドレア・ヴォルピンテスタ
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Sabrina Brazzo e Andrea Volpintesta Portrait_R
元スカラ座の大プリマバレリーナ、サブリナ・ブラッツォSabrina Brazzoと元ソリストのアンドレア・ヴォルピンテスタAndrea Volpintestaは、イタリアバレエ界では非常に有名なカップル。スカラ座を離れた現在は、イタリアの若手ダンサーの育成と仕事の場の提供を目的とした、コンテンポラリーカンパニー「Jas Art Ballet」を設立し活躍する彼らが、自らのキャリアの話、ギエムとの逸話、日本の若者へのアドバイスなど、たっぷりと語ってくれた。
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Jas Art Balletの公演「Ravel Project」“Borelo”より
Sabrina e Andrea in Ravel Project_R
海外バレエレポート(イタリア)7参照
https://balletnavi.jp/article/pickup/20180604-4183/?from=category
※以下、A=アンドレア、S=サブリナ
インタビュアー:川西麻理
写真提供:Andrea-Volpintesta
それではまず2人がクラシックバレエを始めたきっかけから。
A:僕は全くの偶然。姉がピアノを習っていて、彼女が弾いていたバレエ教室にくっついて行ったことがきっかけ。そのバレエ教室の先生が僕を見て“あ、男の子がいるっ!”。そしてその場で速攻取り込まれ、気が付いたらバレエの練習場に練習着で立たされていたと(笑)。
その時は嬉しかったの?それとも恥ずかしかったの?(笑)
A:何が何だかさっぱりわからなかったね(笑)。7歳だった。
サブリは?
S:私は生まれた時からバレリーナだったの。足、つま先、全てがバレリーナ用に出来ていたのね。そのことは、3歳の時はもう誰の目から見ても明らかだったみたい。それに、私はディスレクシアで、話すことに問題があった。だから、私には、言葉の代わりとなる自己表現の手段が絶対的に必要だった。それが踊ることだったの。
普通に話せるようになったのはいつ頃?
S:8歳くらい。すごく遅かった。だからそれまでは、踊ることで発散してたのね。バレエ教室では、他の子ができないことも、自然に何でもすぐにできた。私を見てバレエ教師たちはびっくりしすぎて、顎が外れたみたいに、開いた口が塞がらなかったのよ(笑)。
じゃあサブリは本当にバレリーナになるために生まれてきたんだ!
S:ほんとうにそうなの!
そしてそれから2人はスカラ座付属バレエ学校に入学して本格的にバレエを始めたわけだけど、「やっぱりバレエという道を選んだことは正しかった」と思えたエピソードみたいなものはある?
S:まだバレエ学校で勉強中だった17歳の頃、ヌレエフ振付「白鳥の湖」の群舞の1人として、ヌレエフ直々に選ばれたこと。この時、これまでの勉強のプロセスは全て正しかった、そしてこれからもこの道でやっていける、そう確信できたわ。
A:そういう意味では、僕の場合はスカラ座に入団した時。33人オーディションを受けて、ポストは1つだった。そこで合格した時かな。
サブリはいつプリマバレリーナに任命されたの?
S:2001年。シルヴィ・ギエム振付「ジゼル」の主役に、シルヴィがこれまた直々に私を選んでくれて、その公演と同時に任命されたの。実はスカラ座はこの公演のために、別のジゼル役を用意していたんだけれど、シルヴィが「私のジゼルはサブリナ・ブラッツォで」と言ってくれて。でも、群舞、ソリストの時代から既に、いろいろな重要な役に抜擢されたわ。初めてタイトルロールを踊ったのは20歳の時。クラシック、モダン、コンテンポラリーとジャンルもさまざま。ローラン・プティも私のために振付してくれたし、フォーサイスもベジャールも重要な役に選んでくれた。
ギエムと言えば、アンドレアも彼女と仕事をしたよね?
A:まず、サブリが主役を踊ったシルヴィ振付の「ジゼル」のヒラリオン。そしてその後、彼女から直接要請があって、マクミラン振付の「Winter Dreams」の日本公演に参加した。全国各地を2年くらい回ったな。ジョナサン・コープ、二コラ・ル・リッシュ、アンソニー・ダウエルなどと一緒にね。イタリア人ダンサーは僕一人だった。
バレエ界に革命を起こした伝説のギエムって実際はどんな女性?
S:うーん……私にとってシルヴィは……偉大な教師であり、同僚であり、友達であり、ある意味共犯者でもあり……私にとって唯一の存在。シルヴィは自分の持っているもの全てを私に惜しみなく与えてくれた。シルヴィのジェネロシティ(寛大さ、物惜しみのなさ)といったら。誰にでもそうだったかどうかはわからないけど……でもきっとそうね、彼女自身がそういう人だったのだと思う。
A:(小声で)いや、シルヴィはサブリを特別愛していたよ(笑)!
実は今、話を聞いていて驚いたんだけど……、というのも、一般的にシルヴィ・ギエムは「難しい人」というイメージが定着しているじゃない? だから、彼女について“ジェネロシティ”という形容詞が出てくるとは全く想像していなったんだけど……
A:たとえばシルヴィとか、オペラだとマリア・カラスとか、伝説的なディーヴァって、一般的に語られる顔と本当の顔は全然違うものだよね。
S:私はシルヴィに恋をしていたの。私は彼女から学べるもの、すべてを吸収したかった。シルヴィと本当に長い時間を一緒に過ごしたわ。仕事だけじゃなく、プライベートもね。でも、常に彼女には大きなリスペクトを持っていた。シルヴィは、本物の芸術への理解がある人、それを渇望する人に対して、本当に寛大で、全てを与える人だと思うわ。
つまり、真の芸術を求める人には限りなく寛大だった一方、名声や地位を求めるタイプの人には敏感に拒否反応を示す。
A:その通り。実際、シルヴィは自分のプロジェクトのダンサーの人選をする時、群舞なのかソリストなのかプリマなのかといったポジションには全くこだわらなかった。自分と同じ理想とスタンスを持っている人を、必ず自ら一人一人選んだんだ。だから彼女とのリハーサルは、テクニックよりも、表現的なことにより多くの時間に時間が割かれた。
そうなんだ、ギエムと言えば卓越したテクニックで有名だからすごく意外。テクニックよりも表現にこだわったんだ。
A:表現というよりも・・・一つ上のものに。
というと?
S:つまり、ダンスのためのダンスではなく、異次元の世界で踊る感覚。彼女とのリハーサルや本番が終わると、現実世界に戻るまでに少し時間がかかる。それがシルヴィの芸術。彼女はその異次元の世界への入り口の鍵を持つ数少ないアーティストだわ。
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シルヴィ・ギエム版 “ジゼル”よりサブリナ、マッシモ・ムッルと
Sabrina Brazzo e Massimu Murru in Giselle Cor. Silvye Guillem_R
とても興味深い話、ありがとう。ではちょっと話を変えて、プロのバレエダンサーを目指す今の若者へ何かアドバイスがあれば。
S:踊りの練習をするだけではだめ。いいものたくさん見ること。劇場に足を運ぶこと。それに今はYOUTUBEもあるし。それから音楽的教養を深めることも不可欠。
A: 僕はクラシック音楽が好きだったからダンスを始めることになったんだ。音楽が先だった。音楽がないダンスは存在しない。音楽への造詣は絶対に欠かせないよ。
S:そうだ、あと一つすごく重要なことがある。バレエのレッスン場に入ったら、先生やピアニストや振付家、そして仲間、全員をリスペクとすること。これは当然ね。でもそれに加えて、“自分自身を”リスペクトすること。つまり自分に尊厳をもつこと。常にバレリーナであり続けること、これがすごく大切。これは訓練のうちの1つなの。
A:自分自身を“特別な存在だ”と思うこと。
S:そう。そしてバレエのレッスン場を出たら、さらにその意識をより強く持つこと。24時間常によ。
A:アーティストは一般の人とは違う何か特別な能力を持っている人のこと。その自覚を持つことがとても大事。小さな時からね。サブリが言うとおり、これは訓練なんだ。
S:時々、スーパーマーケットでも、私のことを全然知らない人から「ダンスやっているんですか?」って時々話しかけられるのよ(笑)!
![](https://balletnavi.jp/article/pickup/wp-content/uploads/sites/3/2019/05/11-Andrea-Volpintesta-e-Jas-Art-Ballet-Junior-program_R.jpg)
“Jas Art Ballet”の若者育成プロジェクト、“Jas Art Ballet Junior”の若者たちを指導するアンドレア1
Andrea Volpintesta e Jas Art Ballet Junior program_R
そりゃあサブリの体形だったら一目瞭然だと思うけど(笑)!でも確かに、遠くからスカラ座バレエ学校の生徒の頭だけがちらっと見えても、すごく目立つものね。すごくオーラがある。それでは最後に、二人は日本のバレリーナについてどういう印象を持っている?
S:芸術をリスペクトする態度という面では、日本人は本当に素晴らしい。見習うべきところばかりだわ。テクニックもレベルは高い。ただ、舞台上では“技術で”物語を語ることはできないの。物語は“心でしか”語ることができない。「物語を心で語る」。このことが日本人に欠けていると思う。
A:真剣さ、集中力といったメンタルは最高に素晴らしい。テクニック面は良いと思う。でもやっぱり劇的な要素が弱い。アーティスティックな面の訓練が足りない。だから逆の傾向にあるイタリアの若者と日本の若者が一緒に勉強する機会を作れれば、お互いに良い面を吸収できて、とても良い効果を生むと思うんだ。
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“Jas Art Ballet”の若者育成プロジェクト、“Jas Art Ballet Junior”の若者たちを指導するアンドレア2
Andrea Volpintesta Tecnica Classica Jas ArtBallet Junior program_R
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“Jas Art Ballet Junior”の若者とサブリナ
Sabrina Brazzo e Jas Art Ballet Junior program_R
そういう機会の予定は今のところ?
A:近い将来そういうことができればいいと思って動き始めているところだよ。
それではそれが実現したらまた話を聞かせてくれる?
A&S:もちろん、喜んで!
(了)
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投稿日: 2019 年 5 月 24 日
カテゴリ: 海外のバレエレポート, インタビュー