NDT-世界を牽引する現代バレエ団NDTが13年ぶりに来日

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海外バレエレポート(イタリア)13
ミラノ・スカラ座「ウルフ・ワークス」

4月12日、12年ぶりに世界に誇るミラノ生まれの大プリマ、アレッサンドラ・フェリがスカラ座の舞台に戻ってくると、ミラノのバレエファンが待ちに待った演目「ウルフ・ワークス(Woolf Works)」に足を運びました。

Becomings @Teatro alla Scala

アレッサンドラ・フェリの、一挙一動に繊細な心情がこもった、魂が震えるようなパフォーマンス、そして、パートナーとしてロイヤルから客演したフェデリーコ・ボネッリとその他のスカラ座のダンサーの熱演には本当に心を打たれました。彼らの踊りには作品への愛が溢れていました。その様子について今回は写真でご堪能いただくこととし、この場ではテーマが少し難しいこの作品自体について解説したいと思います。

「ウルフ・ワークス」は、鬼才ウェイン・マクレガーが “フェリのために” そして“フェリと一緒に” 演出・振付した作品。2015年に英国ロイヤルバレエで上演され、英国ナショナルダンスアワードを受賞し注目を浴びました。自らのカンパニーを持ち、ロイヤルに拠点を置いて、これまで数多くの作品をこの世に送り出してきたマクレガーですが、全幕ものは今回が初めて。あらゆるテクノロジーを駆使した超前衛的な作品で有名な彼が、 このような記念すべき大作に選んだ題材がなぜ、1900年代前半に活躍した作家ヴァージニア・ウルフだったのか?

I now I then @Teatro alla Scala

この謎について、この作品に劇作家として関わったウズマ・ハミドはこう述べています:ウルフの文学は理屈でなく感覚に基づいています。さらに彼女はバレエの身体表現に魅了され、その創作手法を自分の作品にも取り入れたのです。ある手紙には『全てはリズムである[……中略……]リズムは言葉よりもずっと深い所に届く』と記されています。だから私たちにとっては “なぜ私たちが今ヴァージニア・ウルフを?” ではなく “なぜ私たちは今までヴァージニア・ウルフを扱わなかったのだろう?” なのです。

「ウルフ・ワークス」は、ヴァージニア・ウルフの代表的な3つの作品「ダロウェイ夫人」「オーランドー」「波」を舞踏化した3部作的なもの(それぞれバレエ作品の名前は「I now, I then」「Becomings」「Tuesday」)。1つの作品を使って全幕物にしなかったのは、そうしてしてしまうと、ウルフが生涯を通して追い求めた “多次元” “流動性” “概念の対立” といった独自の手法が否定されてしまうから。この作品を見る前には、ウルフの作品、考え方、生涯に多少なりとも触れておくことが必須と言えるでしょう。多少難解ではありますが、ぜひぱらっとでも読んでみて下さい。作品への理解がぐっと深まるでしょう。

Becomings @Teatro alla Scala

 

I now I then @Teatro alla Scala

まず冒頭に、ウルフの現存する唯一の肉声の録音が流れます。1937年、BBCラジオのために彼女が自らのエッセイ「On Craftsmanship」を朗読したものです。一番最初に彼女の肉声を聞くことで、観客にとってウルフという人物が、遠い時代の作家という存在から、リアリティーを持ったより身近な存在となるのです。

I now I then @Teatro alla Scala

そして始まる「I now, I then」。小説「ダロウェイ夫人」(1925)は、まだ第1次世界大戦の傷跡が色濃く残るロンドンの6月のある晴れた日に、上流階級の女性クラリッサが豪華なパーティーを開くという、たった1日の成り行きを描いた作品。全能の語り手が、クラリッサをはじめとする様々の人物の意識に入り込み、しばらくそれを眺めては、その人物を離れてまた別の人物の意識に入り込む、という特殊な技法(「意識の流れ」と呼ばれる)で書かれています。「I now, I then」の登場人物は、クラリッサ(フェリ)、若き日のクラリッサ、地位と名誉だけの夫リチャード、結婚前に激しく愛し合った元恋人ピーター(ボネッリ)、同性愛的関係にもあった旧い女友達サリー。また別のストーリーとして、戦争後遺症に苦しむ元義勇兵セプティマスとその妻レイツィア、戦死した上官のエヴァンズが登場し、それぞれの意識が舞台上で交錯します。セプティマスの苦悩と自殺のシーンは、言わずもがな、ウルフ自身の精神の病との闘いと自死を彷彿させ、作家の自伝的な要素も巧みに織り交ぜられています。

Becomings @Teatro alla Scala

そして「Becomings」。小説「オーランドー」(1928)は、女性の役割と権利、芸術及び文学における表現方法、ひいては宇宙科学といったあらゆる分野において再検討が迫られた時代に書かれました。主人公オーランドーは、300年間老いることなく生き続け、その中で性転換を成し遂げるという架空の人物。この「Becomings」では、技術的に非常に高度なアクロバティックな動き、近未来的な衣装、ドライアイス、レーザー光線、激しくスピーディーな音楽で、性別・時空を超え、様々な形を介して流れるエネルギーが閃光を放つかのように表現されています。

Tuesday @Teatro alla Scala

最後に「Tuesday」。小説「波」(1931)は、ある海辺の日の出から日没までを舞台に、6人の登場人物の独白によってのみ成り立っている極めて実験的な作品です。この「波」を貫く水のイメージから、ウルフを知る人がすぐに連想するのが彼女の最期。精神的な病魔に侵され、コートに石を詰めて入水自殺をした姿です。「Tuesday」では、群舞が絶え間なくうねる波を表現、その中に力なく身を任せるフェリ演じるウルフ。「I now, I then」に登場した、かつての恋人ピーターに優しく支えられながら、次第にウルフは波間に飲まれていきます。この「Tuesday」の冒頭には、実際にウルフが夫に宛てて残した名高い遺書の朗読が流れました。その演出は、聴衆の心の琴線に触れる、深い悲しみを伴った感動的なものでした。

 

最愛のあなた

また自分の頭がおかしくなっていくのが分かります。私たちはあのひどい時期をもう二度と乗り切ることはできないでしょう。それに今度は治りそうもありません。声が聞こえるようになって集中できないのです。だから最善と思うことをします。あなたは私をこれ以上ないほど幸せにしてくれました。あなたは誰にも代えがたい人でした。二人の人間が私達ほど幸せになれることはないでしょう。この恐ろしい病気が始まるまでは。もう戦うことができません。私はあなたの人生を犠牲にしています。私がいなければあなたは自分の仕事ができるのですから。あなたはできるはずです。もうこの文章さえきちんと書けません。読むこともできない。言っておきたいのは、私の人生の幸せはすべてあなたのおかげだったということです。あなたは私に対してとても忍耐強く、信じられないほどよくして下さいました。他の人たちも分かっています。もし誰かが私を救ったとしたら、それはあなたでした。私にはもう何も残っていませんが、あなたの優しさだけは今も確信しています。これ以上あなたの人生を無駄にするわけにはいかないのです。今までの私たち以上に幸せな二人は他にはありません。

(Wikipediaより抜粋)

Tuesday @Teatro alla Scala

 

この「ウルフ・ワークス」は間違いなく後世に残り、コンテンポラリーの傑作の1つとして長く受け継がれていくことでしょう。ぜひこれをきっかけに、クラシックバレエファンの皆様にも、コンテンポラリーに興味を持って頂き、そこに込められた深い意図を汲み取るための下調べの過程に、芸術的楽しみを見出してもらえればと思います。ある程度の予習をした後は、一旦何もかも脇において、まっさらな気持ちで作品と対峙すればいいのです。今世界中でコンテンポラリーが本当に熱い!!!

 

記事:川西麻理

 

川西麻理の「バレエ音楽 豆知識」

このバレエの音楽を担当したのは、ドイツ生まれイギリス育ちのマックス・リヒター。受けた音楽教育は正統なクラシックですが、映画を始め様々な分野で活躍する、世界でも屈指の現代の作曲家です。彼は「ウルフ・ワークス」の作曲を依頼されてから、準備に3年を要したそう。3つの文学作品の全く異なる世界を表現しつつ、全体としての一貫性も持たせなければならないことが非常に難しかったと語っています。この作品の音楽には、バレエを見ているだけでは絶対に気が付かない、しかしおそらく無意識のうちに観客が感じ取るであろう、作曲家としての意図が随所にちりばめられています。最も分かりやすいものとしては、「I now, I then」の中でビッグ・べンの鐘の音。ウルフも毎日聞いていたに違いないこの音は、彼女の作品と切っても切り離せないロンドンという場所の象徴です。その他にも、時空や性別を行き来するオーランドーが主人公の「Becomings」では、1つのテーマを何度も変奏する技法を使ったり、ウルフが入水自殺を図る「Tuesday」 の音楽には、「I now, I then」で同様に自殺したセプティマスのテーマと関係性を持たせたりと、挙げはじめるときりがありません。しかし様々な隠された作曲技法を一般の人が詳しく知る必要はありません。観客が作品の中に強く引き込まれ、そこから何かを深く感じ取ることができたなら、それこそがまさに、作曲家の仕事が成功した証なのですから。その意味において、リヒターの音楽は疑いようもなく完璧なものだったと言えるでしょう。

 

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