海外バレエレポート(イタリア)24 ミラノ・スカラ座 「ジュエルズ」
今シーズンのオープニングの演目「ラ・バヤデール」から1ヶ月以上たち、ようやく2つめの演目、バランシンの代表作「ジュエルズ」が上演されました。私は7回目の締めくくりの公演、3月24日に足を運びました。
「ジュエルズ」はエメラルド、ルビー、ダイヤモンドと題された、独立した3つの部分からなっています。エメラルドは「ジゼル」や「ラ・シルフィード」に代表されるフランスのロマンチックバレエへのオマージュ(音楽: フォーレ)。ルビーはアメリカのブロードウェイやバランシンが設立したニューヨーク・シティ・バレエのスタイルへのオマージュ(音楽: ストラヴィンスキー)。締めくくりのダイヤモンドは、ロシアの伝統的なクラシックバレエへのオマージュ(音楽: チャイコフスキー)。筋書きがないプロットレスバレエで、ダンサーたちが表現すべきものは音楽そのもの。音楽家が楽器で音楽を演奏するように、ダンサーは体で音楽を演奏するように踊ることが求められ、見ている側は視覚的な演奏会に立ち合っている感覚になります。筋を追う必要がないため、純粋に動きの美しさが楽しめる素敵な作品です。
マニュエル・ルグリはプリンシパルだけでなく、今までは全く目立っていなかった、ソリスト又は群舞の中の何人かのダンサーに注目し、その数人にどんどん大きな役に挑戦させています。私が立ち合った本公演ではそのような新たにルグリに選ばれたダンサーたちが主要な役を踊りました。
中でも注目したいのが、エメラルドの主役のうちの1人を踊った、ソリストのヴィットーリア・ヴァレーリオ。
彼女の踊りをじっくり初めて見たのは、コロナの真っ最中、ストリーミング配信のみで行われた無観客のガラ公演でのこと。プリンシパル3人に混ざって、彼女は「ロメオとジュリエット」のパドドゥを踊り、その観る者の心を掴む可憐なジュリエットは、その夜一番心に残ったダンサーでした。その彼女の踊りを今回は劇場で初めてじっくり見ることができました。
まず彼女はスカラ座バレエ団では珍しく、スカラ座付属バレエ学校の卒業生ではありません。1985年、シチリアのパレルモ生まれ。親元を離れて生活しなければならないミラノのスカラ座付属バレエ学校ではなく、シチリアのマッシモ歌劇場のバレエ学校で勉強しました。その間さまざまな国内外のコンクール、サマースクール、舞台経験などを経て、2012年にスカラ座バレエ団に入団、2014年にソリストに昇進しました。
極度にしなった溜め息が出るような美しい足の甲、体が描くラインの洗練度、完璧なテクニック、稀に見る高い音楽性はもとより、彼女の素晴らしさは、一握りのアーティストだけが持つ、言葉では表せない魔法のようなもの。彼女が踊り始めるとその場の空気の流れが止まり、そして踊り終わると一瞬間を置いて、また空気が流れ始める。何か別の世界に連れていかれるよう、とでも言えばいいのでしょうか。こういった感覚を抱かせるダンサーは、私の個人的な意見としては今のスカラ座では彼女だけです。どの芸術においても、感心させるアーティストは多くても感動させることができるアーティストはびっくりするほど少ないもの。世界中を見てもこういうった類いまれなる芸術性を持ったダンサーはそう多くないはずです。ただ1つだけ、彼女はあまりにも細くて……彼女があと数キロ体重を増やすことができれば……。ダンサーと体型の問題は切っても切り離せない深刻な問題なので、軽々しく言えることではありませんが……。
それはさておき、「ジゼル」「ロメオ・ジュリエット」「ラ・バヤデール」など、プリンシパルと並んで、ソリストの彼女にもほぼ常に主役があてられるにも拘らず、なぜ彼女がプリンシパルに任命されないのかは非常に疑問ですが、タイトルは何であれ、今後も様々な傑作バレエで彼女が主役を踊ることを、今からとても楽しみに待っています。
記事:川西麻理
海外バレエレポート(イタリア)23 ミラノ・スカラ座 ヌレエフ版「ラ・バヤデール」
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投稿日: 2022 年 4 月 8 日
カテゴリ: 海外のバレエレポート, 未分類