永橋あゆみインタビュー~人間らしいナチュラルなダンサーになりたい!
端正な踊りと誠実な演技、華やかで風格あるたたずまいを兼ね備える――。永橋あゆみは名門・谷桃子バレエ団のプリマとして頭角を現した。2010年には新進気鋭の洋舞ダンサーに贈られる中川鋭之助賞受賞。旬な時期に入ったと思われた矢先の2012年10月~2013年7月、文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してドイツ・ドレスデンのゼンパーオーパー・バレエに留学する。研修期間を振り返るとともに今までの軌跡や展望を語ってもらった。
名門の看板を背負い10年
長崎・佐世保出身。2歳から母・永橋由美のもとでバレエを習う。中学1年の途中からは群馬の山本禮子バレエ団附属研究所、高校時代は佐賀の野村理子バレエスタジオに学ぶ。谷桃子バレエ団には高校卒業後すぐに入団。野村に勧められたことに加えアットホームな雰囲気に惹かれたのとプリマの高部尚子が好きだったからだという。1年半の準団員を経て団員に昇格。その後団のほとんどの演目で主役や主要な役を踊った。脂の乗りかかった時期の留学に驚いた人もいるかもしれない。1年間の留学を決めたのはなぜか。
「22歳から10年主役をやらせていただきました。尚子さん、(伊藤)範子さんというプリマを務めていた先輩たちを目指したい気持ちがありました。それと、谷桃子先生に認められたくて……足元にも及ばないのですが近づきたい気持ちでやり続けてきました。初めは踊ることに必死でしたが、少しずつ余裕が出てくると、「自分がどういうダンサーになりたいか」「どういう風に踊りたいか」を考えるようになりました。もっと知識や経験が必要だな、浅いなと。海外に一度も行ったことがなく本物を目で見て感じて踊るのが一番だと思って海外研修制度に応募しました。自分探しみたいな感じでした」
ドレスデンを研修先に選んだ理由は?
「前年イングリッシュ・ナショナル・バレエに行こうとしました。日本バレエ協会のメアリー・スキーピング版『ジゼル』に主演させていただいた際に振付指導に来られた内海百合さんとの出会いがきっかけ。しかし、審査に通ったものの受け入れが間に合わず断念しました。ヨーロッパに行きたかったんですよ。どうしても。アメリカというカラーではないなと。ツアー・カンパニーよりも劇場を持っているカンパニーが良かったのとクラシックとコンテンポラリーが半々くらいのところで勉強したかった。木村規予香さん(シュツットガルト・バレエ、ライプツィヒ・バレエで活躍)にご相談してドレスデンに決めました」
ドレスデンでの刺激的な日々
ドイツ東部・ザクセン州の州都ドレスデンは古くから文化の栄えた街である。初めての海外ということもあり観るものすべてが目に新しかったという。
「まず街に感動しました。古い石造りの建物がいっぱいあって日本でいう京都みたいな感じ。歩くだけで幸せな気分になりました。劇場もすばらしく新鮮な衝撃を受けました」
ゼンパーオーパー・バレエは州立歌劇場専属バレエ団。ドイツ有数の大カンパニーである。団員数約60人。イタリア人、ロシア人、日本人なども多く国際色が強い。ディレクターはカナダ人のアーロン・S・ワトキン(Aaron S. Watkin)。研修生も団員同様に月~土までクラスレッスンを受け公演リハーサルに参加する。公演に出演する機会にもどんどん恵まれた。
「最初に出演したのは年末の『くるみ割り人形』。花のワルツと雪の群舞を踊りました。年が明けてからはプルミエのステイン・セリス(Stijn Celis)の『ロミオとジュリエット』に携わり舞台には立てなかったのですがリハーサルに参加しました。バランシン版『コッペリア』ではコッペリア人形を演じました。ずっとこうやって(両手で本を広げる仕草)……(笑)。『白鳥の湖』『ラ・バヤデール』の群舞も踊りました。コール・ド・バレエの大変さをあらためて感じましたね。主役と違って自由に踊れない。周りあっての主役なのを再確認できました」
およそ50回の舞台に出演したなかでも「一番ためになった」と語るのが現代バレエの巨匠ウィリアム・フォーサイス振付『アーティファクト組曲』を踊ったこと。
「体の使い方が今までにやったことのないメソッドで衝撃的でした。大きく身体を使わないと見えてこないものがある。体の流れや仕組みがよく分かりました。シーズン開始直後のため出られなかったイリ・キリアン振付『べラ・フィギュラ』もそうでしたが、振付家の方ご本人がリハーサルに訪れ目の前で指導してくださる。貴重な時間でした」
日本との環境の違い
ドレスデンではバレエ・ダンサーが優遇され好待遇だという。家を借りるにしても信頼が高い。「日本では職業になりにくいけれど、こちらでは信頼される。いいなあと思って……」そう語ってくれたが労働環境に関しては必ずしも良い面だけとは限らないようだ。
「舞台回数がたくさんあるのが日本との違い。でも、モチベーションやコンディションの問題がありました。『くるみ割り人形』だと10何回もある。「今日はどこに重点を置く」「今日はこういう風にやろう」と向上心を持たないと、ただこなすだけになってしまう」
とはいえ様々な国から集うダンサーと一緒に舞台を踏み、踊りへの意識が変わったという。
「一人ひとりが生き生きしている。自分のいいところをよく知っているし楽しんで踊っている。舞台数が多いこともあって1回1回の舞台を楽しんでいる。ちょっと失敗しても気にしない(笑)。それ以上に何か出るものがあったりする。日本だと私も含め一生懸命必死に努力し過ぎる。「こうしなくちゃ」「ああしなくちゃ」とこだわる考えは大分取れました」
自分の身体にじっくり向きあえる時間が取れたのも有意義だったそうだ。
「私は条件がいい方ではなくアンディオールの仕方とかを変えていきたいけれども1年しかない。でも変わりたいという貪欲な気持ちがありました。やって良かったのはジャイロトニック。劇場出身のロシア人が教えているところに通いました。マンツーマンでピラティスを週に2、3回習う。バランスのいい筋肉になり、筋肉や上半身の使い方が理解できました。変われた感じがします。日本では教えや仕事があって自分だけに使う時間がなかったのですが、向こうでは夕方で仕事が終わりなので、時間を有意義に使えました」
海外で活躍する日本人との交流
前述したようにゼンパーオーパー・バレエに在籍する日本人の団員は少なくない。彼女たちとの交流は貴重な体験になったと振り返る。
「プリンシパルの竹島由美子さん(2014年4月に引退)は産休に入られ接する機会が少なく残念でしたが日本人団員はあと3人いました。同い年の戸川有香さん、若い小笠原由紀さん、藤本佳那子さん。皆さん若いときから海外に出ていて大人ですしバレエを仕事にしてきている。有香さんとは同じような悩みではないですが「ダンサーとしてこれからどうしよう」といった話をしていました。アメリカン・バレエ・シアターに入った相原舞さんは同じ研修生。仲良くなりました。きれいな基礎を持っていて真面目でこつこつ努力している。年齢に関係なく学ぶ部分もありました。これからの人なので応援したいですね」
時間を見つけてドイツ内外を旅した。そこでも海外で活躍する日本人と出会った。
「ベルリンでは中村祥子さんにお会いしました。同じ野村バレエ出身で年も同じ。お子さんを産んで復帰されたお話もお聞きしました。努力して、きれいな体を維持している。レーゲンスブルクの劇場で芸術監督をされている森優貴さんにもお会いし舞台を観させていただきました。同世代なのに海外でディレクターに就いて振付もされている。ウィーン国立歌劇場バレエ団のピアニストをされている滝澤志野さんにもお会いしました。同年代の凄い人たちを見ると「自分も頑張らなければ!」と思います」
帰国しての感慨、今後の展望
研修を終え日本に帰国し谷桃子バレエ団に復帰した。研修期間を振り返っての思いとは?
「夢のような時間でした。恵まれた環境でしたし毎日が刺激的でした。日本にいると生活のために教えたり踊りだけじゃない部分もあるので、しばらくはギャップがありました。でも、今までそれを10年以上もやってきた。これからも日本で踊りたい。学んできたものを伝え表現したい。応援してくださる方々や先生たちに観ていただきたいと思います」
帰国後「踊りが大きくなった」「ダイナミックになった」と口々に言われるという。帰国早々の8月下旬に日生劇場で踊った『白鳥の湖』オデット/オディールを観た際に筆者もそう感じた。しなやかさはそのままに体の使い方が大きくなりフィジカルが強くなった。舞台をリードする存在感も増している。踊りが力強いだけでなく流れるような緩急自在な息づかいが感じられる。呼吸と動き・音楽が一体化して観るものに迫ってくる。
「呼吸に関しては以前よりも余計に意識するようになりました。ただ動くだけじゃなく呼吸・気持ち・体の中心のなかから発信して外につなげる。心と体がようやくつながってきた。生きている感じがします。体を大きく使う、大きく魅せるには深い呼吸がないと駄目です」
今後の展望を聞くと、前を見据え、はっきりとした口調で答えてくれた。
「バレエ団をベースにしながら一つひとつの舞台を丁寧にやっていく。人間らしいナチュラルなダンサーになりたいですね。呼吸するように踊りたい。自然な流れのなかでお客様が踊り・演技に自然に吸い込まれるように踊りたい。ドラマティックな役柄にも挑戦したいですしコンテンポラリーとかネオクラシックの作品も幅広く踊っていきたいですね」
近年コンクールの審査員・コメンテーターを任され各地の講習会に招かれる機会も多い。未来のバレリーナたちの憧れの存在であろう。後進への思いを聞いた。
「今の人たちはテクニックのレベルは高くなっている。心から表現する・踊ることを伝えていきたいと思っています。まだ踊って見せていけるので呼吸なり表情なりを伝えていきたい。指導・アドバイスさせていただく一つひとつの機会を大切にしたいですね」
取材・文:高橋森彦(舞踊評論家)
撮影:石川陽
取材場所:横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ
★☆★ 公演情報 ★☆★
谷桃子バレエ団公演 「リゼット」全幕
3月1日(土)18:30開演
3月2日(日)16:00開演
場所:ゆうぽうとホール
全席指定:S席10,000円 A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円
キャスト:
リゼット 永橋あゆみ(1日) 齊藤 耀(2日)
コーラ 三木雄馬(1日) 酒井 大(2日)
他 谷桃子バレエ団
総監督 :谷桃子
舞台美術:妹尾河童
衣裳美術:緒方規矩子
指 揮:井田勝大
演 奏:シアターオーケストラトーキョー
谷桃子バレエ団ホームページはコチラ⇒http://www.tanimomoko-ballet.com/index02.php
投稿日: 2014 年 2 月 20 日
カテゴリ: インタビュー